アッサム種と中国種の違いとは?
中国茶で使われる茶樹(チャノキ)は、大きく「中国種(Camellia sinensis var. sinensis)」と「アッサム種(Camellia sinensis var. assamica)」の2系統に分類されます 。両者は同じツバキ科カメリア属の茶樹ですが、葉の大きさや形状、化学成分や適応気候に違いがあり、それによって適した茶の種類や風味も異なります  。一般に、中国種(小葉種)は葉が小さく寒冷地にも強い高木性の灌木で、古来中国雲南省を原産とし主に緑茶など不発酵〜半発酵茶の製造に用いられてきました 。一方、アッサム種(大葉種)は葉が大きく熱帯地域の湿潤な気候を好む喬木型の茶樹で、インド・アッサム地方原産の比較的新しい系統であり、紅茶など発酵茶の製造に適した品種です 。現在栽培されている多くの茶品種(日本のやぶきた等)も、この2系統およびその交配によって生まれています  。以下では両者の特徴・歴史・栽培環境などを詳述し、それぞれの中国茶における役割について比較します。
それぞれの特徴
葉の形・大きさ・成長速度
中国種(シネンシス種)の葉は長さ約3~9cmほどの小ぶりな楕円形で厚みが薄く、縁に細かいギザがあるのが特徴です  。成木でも樹高はせいぜい2~3m程度までの低木(灌木)状にとどまり、側枝が多く茂る株立ち型になります 。寒さへの耐性が高く成長はゆっくりめで、年間の摘採回数も4~5回程度(春~秋の新芽の季節)と限られます  。これに対し、アッサム種(アッサミカ種)の葉は長さ10~18cmにもなる大きく厚い楕円形で、葉先が尖り縁のギザギザはやや粗めです。自然状態では樹高が10m以上にも達する高木性でまっすぐ一本の主幹と枝を伸ばし、生育スピードが早く新芽の発生も旺盛なため、熱帯条件下ではほぼ通年10日に一度ほどの頻度で摘採できる高い収量を誇ります。ただしアッサム種は寒さに弱いため、日本や中国など冬季のある地域ではほとんど栽培されず、もっぱら暖かい地域で育てられます。
味わい・香りの違い
茶葉に含まれる成分の違いから、両種のお茶の風味には大きな差が生じます。中国種の茶葉は渋味のもとであるカテキン含有量が少なく、旨味成分のアミノ酸含有量が多い傾向があります。そのため中国種で作られたお茶は渋味が控えめでまろやかになりやすく、繊細で層のある風味や花や果実のような香りが感じられることが多いです。例えば中国種の茶葉から作られたダージリン紅茶や祁門紅茶(キーマン)は、華やかな香りと軽やかな飲み口で知られ、ミルクを入れずストレートで飲むのに適しています。一方、アッサム種の茶葉はカテキンが豊富でアミノ酸は少なめなため、抽出されたお茶は渋味・苦味がはっきりと現れ、力強いコク(濃厚さ)といわゆるマルティーな風味を持つことが多いです 。アッサム種由来のお茶は水色(すいしょく)も濃く出やすく、ボディがしっかりしているためミルクや砂糖との相性も良好で、チャイやミルクティーとして楽しまれることが一般的です。総じて、中国種は繊細で上品な味わい、アッサム種は力強く濃厚な味わいといえます。
主要な用途(適した茶種類)
中国種は発酵させないかごく軽く発酵させたお茶の製造に適しており、主に緑茶や白茶、黄茶、烏龍茶(半発酵茶)などに多く用いられます。特に日本や中国で発達した緑茶文化では、旨味豊かな中国種の特性が生かされてきました。中国種の茶葉は発酵を進める酵素活性が弱く、紅茶など強く発酵させる茶にはあまり向かないとされています。実際、中国種で紅茶を作ると渋味が少なく味がぼやけて紅茶特有のコクが出にくいため、濃厚な紅茶を求める向きには不向きです(※ただしキーマン紅茶や日本の和紅茶のように、中国種ならではのマイルドで繊細な風味を楽しむ高品質の紅茶も存在します)。一方、アッサム種はカテキン含有量が高く酵素活性も強いため紅茶などの発酵茶の製造に向いており、インド紅茶(アッサム紅茶やセイロン紅茶など)やミルクティーブレンド用の茶葉はほとんどがアッサム種から作られています。日光をたっぷり浴びたアッサム種は渋みとコクの強い濃厚な紅茶になりやすい反面、不発酵の緑茶に加工すると渋みが強すぎて適さないとも言われます。ただし近年ではアッサム種で緑茶を製造する試みも行われており、代表例としてインドのダージリン地方では中国種と並んでアッサム種由来の緑茶も生産されています(現地の高地気候に適応した品種改良の結果)。このように原料品種と製茶法の組み合わせ次第で多様なお茶が作られますが、概して「中国や日本では中国種を使った緑茶が中心、インドやスリランカではアッサム種を使った紅茶が中心」という棲み分けが伝統的に確立しています。
歴史(起源と伝播)
中国種の起源と発展:お茶の起源は古代中国にさかのぼり、その歴史は神話の時代から語られています 。有力な説では、現在の中国雲南省西南部の高地で初めて野生の茶樹が発見・利用されたと言われ 、当初は薬草として用いられていました。紀元前59年頃には嗜好品(飲み物)として茶葉を煎じて飲む習慣が生まれていた記録があり 、以後中国各地に茶文化が広がります。唐代の760年頃には陸羽によって世界最古の茶書『茶経』が著され、茶の製法・飲み方が体系化されました 。中国種(小葉種)の茶樹はその後、中国大陸から周辺地域へ伝播し、805年には最澄によって日本に茶の種子がもたらされ栽培が始まります 。以降、日本では中国種が主流となり品種改良も進みました。またヨーロッパにはポルトガル人やオランダ人によって17世紀初頭(1600年代)に茶が初輸入され 、ヨーロッパの上流社会に珍重されました。19世紀初頭まで、インドや東南アジアでも茶栽培といえば中国種の種子を持ち込んで育てる形が一般的で 、各地で試験的な栽培が行われていました。
アッサム種の発見と普及:アッサム種は19世紀に入って初めて西洋人によってその存在が認識された品種です。1823年、イギリス人探検家ロバート・ブルースがインド北東部アッサム地方で、それまで知られていなかった在来の野生茶樹を発見しました 。当初インド人植物学者には「それは茶ではなくツバキの木だ」と誤認されましたが 、ロバートの死後、弟のチャールズ・ブルースが調査を引継ぎ、この野生茶樹が既存の中国種とは異なる新品種であることを明らかにします 。その結果アッサム種は正式に茶樹として認められ、1830年代に入るとイギリス東インド会社がこの野生茶樹を利用した茶の製造に着手しました 。1838年にはアッサム種の葉から初のインド産緑茶が製造され、翌1839年ロンドンの競売で高値で落札された記録があります 。以後イギリスはアッサム種を本格的に紅茶生産に利用し、当時危険が伴ったジャングル地帯の開拓やマラリアなどの困難を乗り越えつつ、1850年頃までにアッサムでの茶園開発を軌道に乗せました 。その後、アッサム種の栽培は東南アジア(セイロン島=スリランカなど)やアフリカ諸国にも広がり、19世紀後半には世界的な紅茶生産ブームを引き起こします 。こうしてアッサム種は中国種に比べ歴史は浅いものの(僅か約200年 )、殖産興業の時代に急速に普及し、現在では世界の紅茶産業に不可欠な品種として確立されました。
栽培方法と環境
主な栽培地域:中国種とアッサム種は、それぞれ適した気候帯で栽培されています。中国種は温帯〜亜熱帯の山間地を好み、比較的低温や乾燥にも耐えるため中国各地や日本、台湾などやや涼しい気候の地域で広く栽培されています  。例えば日本の茶産地(静岡や宇治など)で栽培される茶樹はほぼすべて中国種に属し 、インドでも高地のダージリン地方やネパール高地など涼しい環境では中国種系統の茶樹が育てられています 。一方、アッサム種は高温多湿の熱帯〜亜熱帯気候を好み寒さに弱いため、インドのアッサム地方やスリランカ(セイロン島)、インドネシア、ケニアなど年間を通じて暖かい低地〜丘陵地帯で主に栽培されています  。インドの主要紅茶産地はダージリンを除いてほぼアッサム種で占められており、スリランカ紅茶やケニア紅茶など世界的な紅茶産出地もアッサム種を導入しています 。中国国内では基本的に小葉の中国種が主体ですが、雲南省や広西省の一部など温暖な南部山岳地帯では在来の大葉種(アッサム種系統)が自生・栽培されており、これらは後述のプーアル茶など特殊な中国茶に利用されています 。
気候条件と土壌特性:両系統とも酸性で水はけの良い土壌を好む点は共通ですが、耐えうる気候条件に差があります。中国種は耐寒性が高く冬季に氷点下になる環境下でも越冬でき、また気温が低めでも順応して成長できる適応力があります 。そのため標高の高い山地や温帯の北限地域(日本の関東以北でも)でも栽培可能です。一方アッサム種は霜や寒風に弱く、冬でも15℃以上の平均気温が保たれるような地域でないと商業栽培は難しいとされています  。降水量に関しては両者とも年間を通じた豊富な雨量を好みますが、アッサム種は特に年降水量2500mm前後の多雨なジャングル環境を原産としており、高い湿度が維持される環境で旺盛に繁茂します 。中国種は乾燥にも比較的強く、日照りが続く環境や日照時間の短い環境にも耐える傾向があります 。このような気候適応の違いから、各地の緯度・標高に応じて自然と使われる品種も分かれています。ダージリン(標高2000m級の高地)では涼冷な気候のため中国種系統が選ばれ、アッサム平原(低地熱帯雨林)は高温多湿のためアッサム種が適しています…といった具合に、土地のテロワール(土壌・気候)に合った種が選択されてきました  。
栽培技術や管理方法:基本的な栽培技術(挿木や播種での増殖、施肥、水管理など)は両者で大きく変わりませんが、樹形管理(剪定の仕方)には違いがみられます。中国種は放っておくと枝葉が茂って高さも2~3m程度になりますが、収穫しやすいよう人の腰~胸の高さ(1m前後)に刈り揃えて茶畑を低く均一に仕立てるのが一般的です 。アッサム種もプランテーションでは適宜剪定して低木化しますが、品種の性質上上方へ伸長しやすいため管理しないと高さが出やすくなります 。実際、中国雲南省の山間部には剪定せず樹高数メートル~十数メートルに育った野生の大茶樹(アッサム種)が自生し、現在も木登りして茶葉を収穫するような伝統的手法が残る地域もあります 。また、収穫期のサイクルにも差があります。前述の通り中国種は気温の低下とともに休眠期に入り年数回しか新芽が出ませんが、アッサム種は気候が合えば新芽を次々と出すため短いサイクルで頻繁に収穫できます 。このためインドやアフリカの大規模農園では、アッサム種の茶畑で手摘みもしくは機械摘みによりほぼ年間を通して茶葉を量産しています。一方、日本や中国の高級茶園では、中国種の一番茶(春の新芽)を丁寧に手摘みし品質の高い茶を作るなど、生産量より品質重視の管理がなされます。栽培技術そのものに品種固有の違いは少ないものの、このように品種の特性に合わせて剪定や摘採の頻度を変えるなど、人間側が管理方法を調整しています。
中国茶における役割・市場動向・適した加工法や飲み方
中国茶における両者の役割:長い間、中国茶といえば在来の中国種が主役であり、中国緑茶やウーロン茶、白茶といった伝統茶はすべて中国種の茶樹から作られてきました。現在でも中国国内で流通する茶葉の大半は中国種由来です。一方、アッサム種も中国茶の中で全く使われないわけではありません。中国雲南省の「雲南大葉種」と呼ばれる茶樹はアッサム種系統に属し、この葉を原料とするプーアル茶(黒茶の一種)は中国茶の中でも特異な存在として有名です。プーアル茶(特に熟茶)は雲南産の喬木大葉種でないと発酵がうまく進まないとも言われており 、逆に言えばアッサム種だからこそ実現できる独特の風味と長期熟成による味わいが評価されています。また雲南大葉種から作られる雲南紅茶(滇紅=テンホン)も、中国紅茶の中で独自の濃厚なコクと甘みを持つ銘茶です。総じて中国茶の世界では、小葉の中国種が様々なお茶の基盤となりつつ、大葉のアッサム種も一部地域で古来から利用され続け、その個性が活かされた特殊な茶(プーアル茶など)が発展してきたと言えます。
現代における市場での位置づけ・需要:現在の世界の茶市場では、中国種・アッサム種それぞれが重要な地位を占め、いずれも欠かせない存在です。全体的に見ると、生産量ベースでは紅茶(発酵茶)が世界の茶の約55%を占めており、緑茶が約32%、その他の烏龍茶・白茶・黒茶が約13%と報告されています 。紅茶の多くはアッサム種を原料としており、インドやケニアなどから大量に輸出されるCTC紅茶(ブロークンタイプの茶葉)はティーバッグやブレンド用に世界中で需要が高いです。一方、緑茶や烏龍茶といった中国種由来のお茶も健康志向の高まりや日本食ブームなどで国際的な需要が伸びつつあります。特に中国・日本・台湾など東アジア地域では、今なお中国種のお茶(緑茶、ウーロン茶、抹茶など)が日常的に多く消費され、市場の中心となっています。高級茶市場に目を向けると、中国種・アッサム種それぞれの特徴を活かしたプレミアム茶葉への需要も根強いです。例えば、中国種100%のダージリン紅茶や日本の和紅茶は繊細な香味で紅茶愛好家に支持され、逆にアッサム種を親にもつ日本の新品種「べにふうき」などはその渋みとコクから紅茶向け高収量品種として注目されています 。さらに各国の茶業研究機関は両系統の交配による新品種開発も進めており、耐寒性と高産性、香りの良さと渋みの強さといった長所を併せ持つ品種の育種が行われています  。このように現代の茶市場では、中国種・アッサム種がそれぞれの強みを活かしつつ、多様なニーズに応える形で共存している状況です。
適した加工方法や飲み方:前述のとおり、中国種は不発酵〜半発酵の繊細な茶に向き、アッサム種は強発酵の濃厚な茶に向いています。それぞれの持ち味を最大限活かすための加工法や飲み方にも違いがあります。中国種の場合、新鮮な芽の香りや旨味を閉じ込めるように加熱殺青して仕上げる煎茶・玉露や、芽の白豪を活かした白茶、部分発酵で花香を引き出す烏龍茶など、茶葉本来の繊細な香味を前面に出す加工が好まれます 。淹れ方も低温のお湯でじっくり抽出したり、高級茶では蓋碗や急須で少量ずつ淹れて香りを楽しんだりと、ストレートで風味を味わう飲み方が基本です。 ミルクや砂糖などの副材料は繊細な風味を損なうため用いられません。一方、アッサム種は渋みとコクを活かすため揉捻を強めに行い十分に発酵させて紅茶や黒茶に加工するのが一般的です。CTC製法(葉を細かく切砕して圧搾する方法)にも適しており、アッサムやケニアでは機械摘みした葉をCTC加工して効率的に濃厚な紅茶を製造しています。その飲み方もミルクティーやチャイが代表的で、濃い茶液に乳や甘味を加えても負けない力強い味が好まれています 。もちろんストレートで飲んでも豊かな渋みと香ばしさ(マルトール由来の麦芽香)を楽しめますが、レモンやハチミツを加えるなどアレンジもしやすい点で、中国種の茶とは異なる魅力を持ちます。総じて、適切な加工と淹れ方を選ぶことで、中国種・アッサム種それぞれの茶葉から最良の風味を引き出すことができるのです。