中国茶「黒茶の産地」を紹介しています。

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中国茶「黒茶の産地」中国茶「黒茶の産地」

<中国茶「黒茶の産地」>

 

黒茶の産地は、プーアル茶(プーアル茶)を産する雲南省が第一です。

現在の中国で黒茶は、四川省・雲南省・湖南省・湖北省・広西区・貴州省などでつくられている。


緊圧茶消費区といわれるチベット自治区・青海・内モンゴルや新疆ウイグル自治区などで、その多くは消費される。(緊圧茶には緑茶などで作られたものもあります。)

 

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* 雲南省【プーアル茶(プーアル茶)】 

 

雲南省は野生の大茶樹が最も多く発見されている。
茶樹の生育には適していて、年平均気温は15〜18度で、年間雨量も適当である。
黒茶の代表といえる(プーアル)茶は雲南省の県にある茶業市場から出される茶の総称で、茶は瀾滄江(ランツァンジャン)沿岸で生産される。

清代の康熙(1662〜1722年)初めには、雲南省永勝県に茶馬市があり、チベットから持ち込まれる馬と茶の交易が行われていた。
プーアル(プーアル)は、雲南省南部の県名で茶の集積場で、ここから出荷される茶は、すべてプーアル茶(プーアル茶)といわれていたようです。

南宋の李石『続博物誌』
「西藩之用普茶、己自唐時」(チベットでは唐代から茶を飲用していた。)

 

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* 四川省【康磚茶・金尖茶・茯磚茶・方包茶】

 

茶樹原産地のひとつ。中国の最も古い茶産区のひとつ。
前漢の新爵三年(紀元前59年)に四川の王褒が書いた『僮約』に「武陽で茶を買う」「烹茶、具を尽くす」という記載があり、そこから 茶業の発祥の地といわれている。 また、唐・宋の時代から茶馬交易には四川の緊圧茶が用いられた。
北栄の時代、四川省・陜西省・甘粛省で茶馬交易の市場を設置、市場以外での密輸を取り締まった。

 

東晋(317〜420年)四川史学者常據『華陽国誌・巴芯』
「紀元前1066年ごろ、周の武王が殷の紂王を討伐したとき、四川省方面の巴、蜀の小国はその生産品の茶などを貢ぎ物としたという。」

三国の魏(220〜265年)張揖『広雅』
「荊(湖南省の西)巴(四川省に東)の間茶を采り餅を作る」という記録がある。
3世紀にはすでに茶の生産がおこなわれていたということ。

「引岸制の実施」:清の乾隆皇帝が作った制度。各種類の茶を決まったところで購入し、決まったところで販売するという、生産量と消費量の管理をした。
四川省が生産する緊圧茶は6種類の「南路辺岸茶(南路辺茶)」と5種類の「西路辺岸茶(西路辺茶)」に大別された。

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* 湖南省【茯磚茶・花磚茶・黒磚茶・湘尖茶】

 

長沙にある漢代の墓「馬王堆」から、「價一笥(茶一箱)」と書かれた木牌が発見された。
そこから、漢代には「茶」が副葬品として用いられていた。
茶の生産の歴史は前漢までさかのぼることができる。
唐代に湖南の衡陽や岳州でつくられた団餅茶は有名で、皇帝に献上する貢茶であった。

16世紀初期から安化で黒茶がつくりはじめられ、四川省をしのぐ生産量になった。

 

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* 湖北省【老青茶】

 

唐代から有名な茶産地。三国(220〜280年)の時代には茶の製造が行われていた。
伝説の「神農」が茶を発見したところといわれている。

 

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* 広西省【六堡茶】

 

「奇茗は春山を蓋い、茗香は象州に布す」
(茗=茶、春山・象州=茶産地)とうたわれた有名な茶産地。
陸羽の『茶経』にも唐代の茶産地として象州がでてくる。

 

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