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中国茶「紅茶」紅茶の歴史

<中国茶「紅茶の歴史」>

 

紅茶といえば英国が有名ですが、その英国の紅茶は、もともと中国の紅茶を輸入していたのです。

歴史的に有名なアヘン戦争も英国が紅茶の代金を支払えなくなり、代金をアヘンで支払ったために起こった戦争です。

その後、英国の植民地であったインドのダージリンやスリランカ(セイロン)などで紅茶造りをはじめた


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  • 明代中期以降
    中国で紅茶(発酵茶)がでてきたのは、の武夷山でつくられる武夷茶のようです。

  • 明代後期
    福建省の武夷で全発酵の製茶が行われるようになった。(烏龍茶・紅茶)
    『王草堂茶説(おうそうどうちゃせつ)』に福建の製茶についての記述がある。
    …獨(ひとり)武夷は炒焙をかねて施す。…

  • 清代
    中国からの貿易を独占した英国の東インド会社は、お茶の輸入によって大きな利益を上げた。
    しかし、茶売買で使われていた銀貨を大量に中国に支払っていたため、英国政府に銀貨の持ち出しを禁止された。
    そこで、東インド会社は、アヘンを売って中国の銀貨を回収、支払にあてた。
    清政府は国内にアヘン中毒患者が増えたため、1839年英国商人を追放した。
    英国は自国の権益を侵害されたという理由で軍隊を派遣したため、清政府との間に戦争が起こった。
    これが、アヘン戦争である。
    このアヘン戦争に負けた清政府は、英国に香港を割譲、広東などを開港させられた。
    また、イギリス人が茶園に直接出入りできるようになり、茶の種と茶農、製茶職人を英国の植民地であるインドのアッサム地方で茶の栽培を行ったが、中国種の茶の栽培には失敗した。
    しかし、アッサムに自生する茶木を見つけ栽培、紅茶を生産するようになった。