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<中国茶の緑茶「碧螺春」>
江蘇省の南、太湖にある洞庭東山と洞庭西山の丘陵地帯で採れる。
白く毛茸(もうじ)におおわれた巻いた茶葉。
透明のグラスでいれると白い産毛のような毛茸がキラキラと輝く。
茶葉の形は特徴があり、クルッと巻いた形が”螺(巻き貝)”に似ている。
そこで、色から”碧(青)”という名前が、そして季節から”春”という字が足されて「碧螺春」となったといわれることがある。
しかし、先に地名として”碧螺峰”があるので、説明がつかない。
巻き貝のような青い峰だったら、可能性はあるけどね。(笑)
太湖はたくさんの果物がとれることでも有名で、碧螺春は果樹園の周囲に、垣根も兼ねて植えてある。
一説では、茶樹の根は生命力が強く、広く広がる性質を持っているので茶樹のまわりにある果樹の根とからみあって、果樹の香りなどの成分を吸い取っているといわれるが信用できない。
台湾の三峡茶区でも一部、龍井茶と碧螺春がつくられている。
[香味]
上品な淡泊さでほのかな香りと味わいがある。
[茶摘]
春分から穀雨のあたりまで、一芯一葉か新芽が出始めた毛茸(もうじ・新芽の表面に生じる毛のようなもの)におおわれた先端の芽だけを摘み取る。
[製茶]
炒青のとき、新芽の毛茸が取れないように、手ですくい上げるように持ち上げ、拝むように手を合わせて揉みながら釜に落とす。
[歴史]
[由来]
「洞庭山の東山碧螺峰に生えていた数本の野性の茶樹でつくった茶を地元の農民達が飲んでいた。
その茶を「嚇殺人香(人を殺すほどいい香り)」と呼んでいたが、この地に立ち寄った清の康熙帝が、山の名前をとって「碧螺春」と名付けた。」─出典・『野史大観』『隋見録』─
名前の由来としては、これが定説。
─民話─
昔、西洞庭山に碧螺(ビロ)という名前の歌の上手な美しい娘が住んでいた。
ある年の春、太湖に住む恐ろしい龍が碧螺を妻として差し出すように村人に要求したが、村人は拒否し、碧螺を隠した。
すると、龍は大波や大風を起こして大湖周辺の村人を苦しめるようになった。
そのとき、東洞庭山に住む阿祥(アシャン)という若者が龍に敢然と立ち向かい、七日七晩の死闘の末に倒した。
しかし、 阿祥自身も重症を負ってしまった。
阿祥は好意を寄せていた碧螺に看病されて嬉しく思ったが、容態は悪いままだった。
ある日、碧螺は龍の死んだ場所に小さなお茶の木が生えているのに気付いた。
そこで、 碧螺は阿祥にそのお茶を飲ませようと思い、毎朝早起きして、新芽が出てくると1枚ずつ摘み取り、口に含んで暖め寒さから守りながら持ち帰った。
そして、その新芽で つくったお茶を阿祥に毎日、飲ませると具合がよくなってきた。
しかし、茶の葉に生命力を吸い取られた碧螺は疲れ果てて死んでしまいました。
村人たちは碧螺を茶の木のそばに埋め、碧螺を悼んで、そのお茶を碧螺春と名付けた。